【やるべきこと、やりたいこと、やってること】それぞれの一致について

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「”やるべきこと”をやってから、”やりたいこと”をやりなさい」

そんな風に親から言われた記憶がある方も多いのではないでしょうか?

また、今、親の立場であれば子供に、そのように言うことも、よくあることかと思います。

さて、

大人になっても、この考え方は正しいものなのか?

というのは疑問です。

世の中の風潮としては、

「やらなければいけないこと」があって「やりたいこと」ができない。。

「やりたいこと」ばかりやってて、「やるべきこと」をやれていない。。

という、いずれかのケースが多いでしょう。

要するに「やるべきこと」と「やりたいこと」が乖離している状態です。

そんなの当たり前のこと、と思うかもしれませんが、

「やるべきこと」と「やりたいこと」が乖離している状態は、だんだん苦しくなってくるはずです。

なぜなら、常に両方のバランスを考える必要がある上、基本的には「やるべきこと」に多くのコスト(時間、労力、お金)がかかるものだから。

しかし、もし、

「やるべきこと」と「やりたいこと」が一致しているのであればどうでしょうか?

あとは「やるだけ」です。

「やりたいこと」を「やるべきこと」として「やってる」。非常にシンプルですが、その方が楽だし、正しい考え方なのではと思うわけです。

そこで、この記事では、「やるべきこと」と「やりたいこと」を一致させ、それを「実際にやる」方法について検証したいと思います。

目次

「やるべきこと」と「やりたいこと」を一致させるには

本記事で述べたい、「やるべきこと」と「やりたいこと」が一致するというのは、「やりたいこと」が「やるべきこと」になってる状態です。

結論を先に言ってしまうと「自分の信条や信念に従って行動しましょう」ということです。

決して、

今「やるべきこと」となってる物事を「やりたいこと」にしてしまいましょう。ということではありません。

それは自己欺瞞(本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること)になってしまいます。

かなり抽象的なので「何言ってんの?」て感じですが、「やるべきこと」と「やりたいこと」とは一体何か?を整理すると見えてくるはずです。

「やるべきこと」の2種類

そもそも「やるべきこと」とは何なのかを、次の2種類に大別して考えてみます。

  • 外発的な「やるべきこと」
  • 内発的な「やるべきこと」

外発的な「やるべきこと」とは

一般的に「やるべきこと」とされているのは、

  • 生活する上での「家事」
  • 上司から/部下への「指示」
  • 顧客への「応対」
  • 所属しているコミュニティ内の「ルール」
  • 法的、同義的な「義務」
  • 適切な振る舞いとされる「礼儀作法」

・・・などなど。

緊急を要するものから些末なものまで、挙げればキリがありませんが、外の環境から「やるべき」と求められるものです。

外発的な「やるべきこと」は外から要求されるため、ちゃんとやったにせよ、キリが無く、これらを怠れば、余計に「やるべきこと」が増えたり、より大変なことになるというのが特徴です。

内発的な「やるべきこと」

一方の内発的な「やるべきこと」とは、信条や信念に従うことです。

いきなり信念などと言われても、、と思うかもしれませんが、「信条」も「信念」も自分が生きている中で取っている「態度」や持っている「考え」のこと。

ですので、”外発的な「やるべきこと」に従うこと”が自分の信条である、ということも可能であるように、内発的な「やるべきこと」の方が本来、上位にあります。

いずれにしても、重要なポイントは

「信条」も「信念」も自分で選択できるものだということ。

そして、信条も信念も途中で変えて(変わって)しまっても構いません。

ここまで散々「べき」という言葉を使っていますが、他人にも自分にも「〜あるべき」「〜すべき」と断定するものではないというのが筆者の信条です。

本当に「やりたいこと」

続いては「やりたいこと」について。

すでに自分の信念や信条を自覚されている方は「もっと自分の能力を発揮して社会に貢献する何かを成し遂げたい」といった信念や信条に基づいた「やりたいこと」を持っているのではないでしょうか?

「いやいや、やりたいことと言っても「もっとだらだらして過ごしたい」とか「好きなゲームを好きなだけやりたい」とかそんなんだけど。。」と思う方もいると思いますが、これらの「やりたいこと」は「もっとゆとりを持った自由な暮らしをしたい」ということかもしれません。

また、自由といっても、暇で退屈は「したくない」でしょうし、だらだらしすぎて健康が損なわれたり、今は好きだけど、一生それしかできないというのは「避けたい」と思いますよね。

結局「やりたいこと」は、大なり小なり「自分にとってのより善い人生を送りたい」ということに他ならないはず。

そして、「自分にとって」というのは自分の信条、信念に基づくことに他なりません。

「やりたいこと」を「やるべきこと」としてやるには

実際に「やりたいことをやる」には、シンプルに

「信念や信条に基づいて行動をする」

というだけです。

最初は外発的な「やるべきこと」に時間を取られてばかりかもしれませんが、それらの中にも自分の信条に叶うものが見つかることもあるでしょうし、少しでも信念、信条に基づいた行動が取っていれば、やがて周囲が認めてくれるようになるでしょう。

一方で、信条に背くことなら、例え外部から「やるべき」とされていてもやらない方が賢明です。そうはできなくても、優先度を下げていくことで、外発的な「やるべきこと」から解放されつつ、信念、信条に基づく「やりたいこと」に注力できるようになります。

そのようにして自他共に認められれば、あなたは「信念の人」です。

でもそれって単なるエゴ(利己主義)なのでは?と思われる方は、ぜひ以下の書籍が参考になると思います。

まとめ

この記事では、「やるべきこと」と「やりたいこと」を一致させる方法について紹介しました。

結論は

「自分の信念に基づいて行動する」

というシンプルなものです。

外部から「やるべき」とされるものであっても、それを自分はやるべきかどうか自分で判断し選択する。このように何事も自己を立脚地とすれば、「やるべきこと」も「やりたいこと」も自分の信念、信条に基づいて一致してくるはずです。

また、自分の信念に基づく生き方というのは「自由に生きる」ということでもあります。こちらの記事も参考にしてみて下さい。

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