誰でも「もっと自由な暮らしをしたい」と思うものですよね。
自由な生活といえば、
- ”好きな時” に
- “好きな場所” で
- ”好きな人” と
- ”好きな事(仕事、遊び、etc)”をする(または、それができる状態)
そんな時間や場所などに縛られない生活をイメージするでしょう。
でもこれって、権利としては認められていますよね(特に現代の日本で生活しているのであれば)。
じゃあ誰もがみんな自由な状態なのか?というと「時間もお金もそんな余裕は無い」とか「そんな生活は許されない」といった声が聞こえてくるのではないでしょうか。
また、自由に好きなものを好きなだけ食べ続けることができたとして、それが自由を謳歌する理想的な食生活なのか?といえば、「自由」かもしれないけど「理想」とはいえない気もしますよね。
ということは、
“理想的”な「自由な暮らし」とは一体なんなのでしょうか?
しかし、冒頭の自由に対するイメージはある程度共通なのであれば、どのレベルの自由を求めているのか、そしてそのレベルの自由を享受するのに必要なこと/不要なこと、というのはある程度整理できるのではないかと思います。
筆者の経験上の見解としては、自由のレベル、そしてその自由に必要なことは3段階くらいに整理できるのではと考えています。
- 経済的な自由(経済力の向上)
- 社会的な自由(信頼性の獲得)
- 精神的な自由(精神的な成熟)
そこで、この記事では自由とは何かとその段階に応じて必要になることについて、筆者なりの考えと併せて参考になった思想や書籍なども踏まえて紹介します。
自由な暮らしを手に入れるのに必要なこと/捨てること3選
まず、何を以て自由か?について以下の3分類を紹介しました。
- 経済的な自由(経済力の向上)
- 社会的な自由(信頼性の獲得)
- 精神的な自由(精神的な成熟)
それぞれについて順に考えてみましょう。
3つのうちのどれかがあれば良いということでもなく、それぞれの自由度を高めていくことが大事かと思います。
経済的な自由(経済力の向上)
まず現代社会において大事なのが経済的な自由。
若い頃に「親元を離れて自由に生活してみたいなぁ」と思ったことはないでしょうか?
実際にそれを許されるかどうかは家庭によりますが、仕送りであれ、バイトであれ、親元から離れて暮らす「お金」さえ工面できれば、親世帯から独立して自由な生活を手に入れることは可能でしょう。(もちろん、お金以外の問題もありますので極論ですが)
ただし、収入を得る手段が賃金労働であれば「雇われの身」となるわけです。その生活を維持するためには労働を続ける必要があります。
では、この労働から自由になるには?…将来の生活を維持できる程度の「お金」があれば良さそうだ、、、と考えてみると、
- 親元を離れる:一人暮らしできる程度の収入
- 会社(転職):転職にかかる期間(数ヶ月程度)の貯蓄
- 会社(独立):経営が軌道に乗るまでの数ヶ月〜数年の資金
- 会社(FIRE):1年間の生活費の25倍の資産
- 配偶者(離婚):自分(または配偶者)の生活費や子供の養育費
このように、ある「枠」の中から出ても困らない程度の経済力があれば、事実上、その「枠」から自由になることが可能になるといえそうです。
要するに、「枠」というのは経済的な拠り所として依存している対象のことで、経済的に自立していればその枠に縛られる必要はなくなるということです。
また、どの程度の経済的な自由を手に入れるかは、経済力に比例しているとも考えられます。
一方で、
お金に囚われすぎても(字の如く)、不自由になってしまうので要注意。
より自由度の高いステージに上がっていくことを目的に経済的に自立していくことは成長ともいえますが「単に現状から逃げ出したいから」など、お金が拠り所になってしまうとお金に執着した生活に陥ってしまう危険性もあります。
関連書籍:「本当の自由を手に入れる お金の大学」
世の中、お金が全てではないですが、お金で解決できることも多いのは確か。個人的には、お金で「本当の自由」を手に入れられるとは思いませんが、まず取り組むべき対象かと思います。
著者は「お金無くして自由なし」と謳っている通り、お金は自由の土台であるというのが主張で、本書はそんなお金にまつわる入門書的存在です。
大事なのは、
「お金のせいで不自由にならないこと」
経済的に困窮してしまったり、お金を手にしたことで逆に不幸な目にあうということがないよう「マネーリテラシー」は身につけておくと良いでしょう。
捨てること:お金への執着心
お金を手に入れること自体は決して悪いことではありません。ただ、お金を得る過程で生まれるのが「執着心」。先にも触れましたが、お金に対する「執着」は捨てさる必要があります。
とはいえ、真面目に資産形成していく一方で、お金に執着しないというのは矛盾した態度にも思えるかもしれません。
一体どう考えればよいかといえば、
- 「浪費」することなく、賢く「節制」する
- 「卑しく」ため込むのではなく、気前よく「使う」
このようにお金を有意義に「使う」側のことも意識するとバランスが取れるものと考えられます。
社会的な自由(信頼性の獲得)
先ほど紹介した書籍は「本当の自由を手に入れる」という謳い文句ではありました。
しかし、経済力があればなんでも自由なことが出来るか?というと、全くそういうわけではありません。
例えば、お金があるからといって、組織の中で自由に振る舞うことはできませんし、お金の力で組織を作ったとしてもやりたいことを達成させるのは難しいでしょう。夫婦生活や友人関係、地域のコミュニティにおいても、経済的に豊かであるからといって、なんでも許されるということはありません。
やりたいことをやった結果、何かを成し得るかどうかはさまざまな要素(運、実力、努力、・・・)があるものの、そもそもやることを認めてもらえるかは、
「周囲からの信頼を獲得しているかどうか」
が重要ですよね。
まず目の前の、そして周囲のみんなのための、さらに将来のためのやるべきことをやって社会に貢献できれば、周囲から信頼され、仕事や家庭の中での裁量も増えていくものでしょう。
そうやって、やりたいこと/やってること/存在そのものを認めてもらえていれば、夫婦間や会社に所属していてもそこから抜け出す必要もなく、自由を得ることができるでしょう。
最初にお金について整理したなら、あとは社会的な活動に重点を置いて生活していくのが良いのではないでしょうか。
関連書籍:「7つの習慣 人格主義の回復」
単にお金を儲け、増やすだけでは裁量権は増えていきません。
裁量を得る(信頼され任される)のに何が必要か?を一言でいえば「人間力」。
もちろん、経歴や実績が必要なケースは多々ありますが、最初は誰だって経験も実績もありませんし、過去の実績だけで信頼され続けるということもないですよね。
で、人間力を磨くには「日々の習慣」に他なりません。
「7つの習慣」のサブタイトルは「人格主義の回復」。人間力を高めながら人生の裁量権を大きくしていくにはうってつけのバイブルになると思います。
捨てること:べき思考
他者へ貢献し社会的に認められなくては、と真面目に考える人にとって厄介なのが「べき思考」です。
世の中は綺麗事だけで成り立っていないし、不条理なこともたくさんあります。
だからこそ、「人格主義の回復」が必要というのが本書の主張ですが、そんな時「べき思考」は自分も他人も苦しめてしまうかもしれません。
個人的には、「経済的安定」による心のゆとりは自分や周囲への柔和な態度を生み出し、社会的な成功と経済的な安定の相乗効果があると考えています。
精神的な自由(精神的な成熟)
経済的に自立し、周囲から認めらているならば、それはもう自由でしょう。と思いきや、
「そうでも無い」
というのが本当の問題です。
なぜなら、「経済的に成功し、社会的にも認められる」なら、他者から見たそのような「自分」という枠に縛られるようになるからです。
どういうことか考えてみましょう。
まず会社員を例にすると、実績が認められ、ある役職に就くということは、経済的な安定と社会的な裁量権を得ることにつながりますが、その役割を他者から期待され、その期待に応えなくてはポジションを維持できません。
そうすると、自由に裁量を発揮することもできず、求められることに応じる羽目になってしまいます。
もう一つわかりやすい例は、YouTubeやSNSのチャンネルやアカウント。
ある実績があるとそのように周囲から認知され、その内容の発信を続けることになります。この実績と認知は自分で意図的に作った場合もあれば、意図せずに何かがバズったことがきっかけになることもあれば、アルゴリズムによって方向づけられることもあるでしょう。
結局はそのチャンネルやアカウントととしての枠に期待される役割を演じるようになります。
いずれのケースも資本主義の特徴である競争原理により、次第に「自分に求められること」を演じるようになります。そうしなければ、そのポジションは他者に取って代わるという社会構造になっているからです。
若いうちは競争に勝つこと自体がやりがいになることもあるでしょう。ただ、ある程度年を重ねていくと、競争し続けることに意味を見いだせなくなってくる時がやって来ます。
それでも抜け出せないのは、経済的な状況や社会的な立場が理由になることも多いですが、根っこのところでは精神的な問題が大きいのではないかと思います。(一番の要因は社会的な構造ですが)
どう対処すれば良いかといえば、これまでの経験を通じて精神的に成熟していく必要があるわけですが、きっかけとしては読書がおすすめです。
関連書籍① 自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
自己信頼の「自己」とは、ただ好き放題に生きるエゴとは違います。
著者のエマソンは、謙虚な心で自分が本当に望むことをするなら、人間はもっと自由に幸福になれる、と説いています。
関連書籍② 私の個人主義(夏目漱石)
近代日本文学の文豪の一人である夏目漱石も「自己本位」という言葉を信条としていました。それは、他者や周囲に委ねるのではなく「常に自分の基準となる立脚地を自己におく」ということです。
自己信頼と同様、自分勝手に自己中心的に生きることを推奨しているのではなく、他人の自己も尊重しつつ、他人からも自己を尊重されることが必要であるというのが主張です。
また、「金力」や「権力」についても言及されていますが、分類としては上記で述べている「経済的な力」と「社会的な力」と対応しているように思います。
捨てること:これまでの自分
最終的に自分を縛り付けているのは、自分自身に他ならないでしょう。
今の自分を作ったのは過去の自分であるのは間違いありませんが、そうであれば、今から新しい自分を作っていくこともまた可能です。
といっても、自分は自分なので変わりようが無いと思うかもしれません。
しかし、
「他人本位」なのか、「自分本位」なのか、という態度を決めることはできるはずです。
そして、この態度が変わったとて、経済性や社会性にとって致命的なダメージになることはないでしょう。きっと、その先に新しい自由を手に入れることができるのではないでしょうか。
まとめ
自由な生活を送る上で、以下の3分類について紹介しました。
- 経済的な自由(経済力の向上)
- 社会的な自由(信頼性の獲得)
- 精神的な自由(精神的な成熟)
それぞれにゴールと呼べる状態もありませんが、筆者の経験上は❶から❸を順番にぐるぐると連鎖していくようなものという実感があります。
それぞれの自由を拡げながら、真の自由人を目指していきましょう。